2011年7月31日日曜日

物件探し その9

私の職場や東京に出て行くアクセスは割と良いかも、という事が判ってからは更に次第にこの物件に心が傾く我々でしたが、家を買うとなると一大事。初めてのど田舎暮らしだし、やはりもう少しその土地のことを詳しく調べたり、生活上の不便はないかどうかチェックしたりした方が良いのでは、ということになり、もう一度横浜から茨城まで三時間程かけて、今度は周辺の環境を主に調べる目的で出向いて行ったのが、8月半ば過ぎだったででょうか。
 
一応物件に向かう事を不動産屋さんに断りを入れ、いざ、再び北浦湖畔へ。
確かここを曲がったよね、と、見覚えのある静かな民家の集落を入って行くと、一ヶ月前に見たあの落ち着いた物件が、一ヶ月前と変わらぬ姿で(当たり前ですが)たたずんでおりました。
 
ただ違ったのは、そこにその当時まだ所有者であった売り主さんが、週末にお家の手入れに東京から来てお庭の草刈りなどをやっていらした事。偶然にも、売り主さんに遭遇してしまったのでした。
 
一瞬躊躇した私達でしたが、家の近くに車を止め、一ヶ月前に物件を見せていただいてすごく気に入ってしまった事、不動産会社に連絡して、物件周辺をもう一度見に来らせていただいた事、田舎暮らしは初めてなので、この周辺のことももう少しリサーチしたいと思い再び足をのばしたこと、などを丁寧にお伝えすると、意外にも気さくに「じゃあ中に車止めて良いですよ」と言って、その後敷地内を案内しても下さいました。
 
家回りをぐるりと案内してくださり、庭に植えてある木々の種類やら、裏山に登って北浦の景色を見せてくださったり、一番近いスーパーやら病院やらの情報を教えて下さいました。
また、定年後は定住するつもりだったのが、高齢の親の介護が急に必要になり、手放す事にしたのだと言う事もおっしゃっていました。
 
一瞬ちょっと気難しい感じの方かと思いましたが割と気さくにあちこちを案内してくださり、話をして行くとどうも売り主さん、お酒がお好きなようで、その点私ら夫婦と共通点があり(笑)、なんとなく安心感みたいなものを感じてしまいました。
 
小一時間話をしたでしょうか、その後丁寧にお礼を述べ、お暇した後は、教えたもらったスーパーに立ち寄ってみました。
そこは結構大きなスーパーで、隣に百均やクリーニング屋、花屋、マック、銀行ATMなどがあり、向かいにはホームセンター、ガソリンスタンド、大きなドラッグストアがあって、日常の買い物には全く問題ない、と思いました。
 
病院も物件から10分くらいのところに大きくて綺麗な総合病院が出来ているらしいので、それも心配なさそうだと思いました。
 
交通手段の次に心配だった日常生活の不便さ、は、これで少し解消されたのでした。

2011年6月24日金曜日

物件探し その8

茨城の物件を見て横浜に帰って来たのはもう夜になっていました。
 
この物件にすっかり惚れ込んでしまった私は、唯一ハードルになっている「立地」をなんとかクリア出来ないかと色々調べ始めました。
 
なにせ、北浦湖畔沿いを日に数本しか走らない電車の駅からは車で15分以上かかるし、物件から徒歩5分くらいの所にあるバス停は、某高校の生徒用に走らせてあるのでなんと、一日朝の一便しか走っていない。交通手段はどこに行くにも車のみ。
 
まず、私の勤務先である成田方面に行くには、車だと1時間くらいで行けるのだが、電車を使って行くと、乗り継ぎを何度もやるのと接続の悪いのとで2時間以上かかる計算に。
当時週に一度は東京に出ていたダンナも、毎回車で高速を使って行くとなると経費も嵩む。
私自身も、田舎に居を構えるとしても月に一度位は都会の空気を吸いたいとわがまま言っていたので、都会へのアクセスを考えるとちょっと難しいのでは、、、と思っておりました。
 
しかし、調べて行くうちに、意外にも、東関東道の始点である潮来から、なんと毎日東京行きのバスが日に80本近く出ていて、バス代も回数券でお得になる事を発見。
さらに田舎なので、東京とは比べ物にならないバス乗り場付近の駐車場の安さ!
割と、東京に行くアクセスはそう悪くはなさそうな気がして来ました、
 
さらに調べて行くと、なんと水戸・日立方面から成田に行く直行の高速バスが走っており、最寄り停留所が物件から車で5分もかからない場所にあることも発見!さすがは田舎、やっぱり車社会発達してる。
 
この二つの事実で、それまで立地の条件に非常に慎重になっていたダンナもちょっと「おっ」的な、「意外といけるかもね」的な反応を示し始め、気持ちはさらにこの物件に傾いて行ったのでした。

2011年6月1日水曜日

東日本大震災そして原発事故

震災からすでに3ヶ月近くが経とうとしております。
遅ればせながら、この度の震災で被害に遭われた方々には心より、お悔やみ申し上げます。そしてまだあちこちに避難を続けていらっしゃる方々には、心よりお見舞い申し上げます。
 
結論から言うと、私ら夫婦はここ茨城に家を買って移り住んだのですが、田舎生活の楽しさを知ってもらえたら、という思いでブログを書き始めた矢先に震災は起こりました。
不幸中の幸い、家は少々のダメージはありましたが殆ど無事。しかしその後から福島第一原発の事故による放射能汚染問題がずっと広がっています。
 
震災後すぐにはブログを続ける余裕も無かったのですが、いざ書き続けようと思った時にはもう色んなことが起こりすぎていて、何をどう書いたら良いのかわかりません。
 
田舎暮らしの醍醐味は、豊かな自然に囲まれて美味しい水と美味しい地の産物を豊富にいただけることが一つあります。少なくともそれらは一気に崩されてしまいました。

最初は毎日が怒りの日々でした。あまりに怒りすぎて頭がおかしくなりそうでした。
そして最近は、これから何年も何年も、じわじわと広がる放射能汚染と毎日うまく付き合って生活していかなければならないと覚悟して過ごす日々へと変わって来ました。

しかし、汚染された敷地内の土壌、畑、草花、雑草、などなど、どうしてよいのか未だわからずほとんど手着かずの状態です。
また、ここはほぼ農業で成り立っているような所です。殆どの農家さんが田植えやら野菜の作付けを始めてしまいました。これからどうなるのか、この地の農業の行方も不安です。
  
これから、そういうことも織り交ぜつつ、またブログを少しづつ再開して行こうと思います。

2011年3月7日月曜日

物件探し その7

東関東道は、成田空港から先終点潮来までの30分は、急に車線が減って、民家がぽつりぽつりと点在するくらいの田んぼと手つかずの林ばかりの景色になります。
そして終点潮来に到着する直前に、利根川の大きな下流に架かる橋を渡るのですが、その両側に広がる広大な田んぼの景色に、初めて渡った時にはなんだか「あぁ、これで都会とはおさらばだ」というような、何かこう切り離されるような、ちょっとサミシイ気持ちになったのを覚えています。
 
潮来インターを降りて更に30分、北浦という湖を北上するも、両側の景色は田んぼ、田んぼ、田んぼ、そして夏だったこともあり蓮の葉が元気のいい畑、雑草やら手つかずの荒れた雑木林、時々点在して見える古民家集落。
同じ田舎とはいえなんだか千葉とは少し違ったように見え、その時は正直、「ここちょっと田舎過ぎじゃない?」とダンナとともに不安になりました。
 
目的の物件近くで不動産業者の方と落ち合い、さっそく案内してもらいました。
比較的車の往来のある、メインストリート(?)と呼べる道からふっと右折し、車一台通れるくらいの細い道へと入っていきました。
両側は民家の生け垣が続く静かで落ち着いた集落。そこをくねくねと進んで最後の角を曲がると、少しだけ高台になっている奥まった土地にその物件はありました。
 
目の前に飛び込んで来たその家は、後ろに杉林を抱えた小さな裏山を背にして建っており、写真で見た通り、いやそれ以上にこじんまりとして落ち着いていて、主張しすぎず、なんとなく品の良い佇まいで、十年前にリフォームされているということもあり外観も非常に綺麗で、一目で、「わぁ、ここ素敵!」と気に入ってしまったのでした。
 
中に入ると、遮るものが何もないので非常に日当りが良く、室内はとても明るくて、黄金色に輝いていたような印象を私は持ちました。
新旧の木材がふんだんに使われており、古い柱や梁は綺麗に洗ってそのまま使っているとのこと。新しく造りかえられたであろう玄関からキッチンにかけても、床や壁一面に天然の木材が使われており、住む人に優しい感じがしました。
今までの古民家だと増築の部分が違和感のあるものが多いのですが、そこも元の母屋の雰囲気を壊すこと無く統一感を持って建てられておりました。
建具やサッシ、水回りも問題無く、ここなら大きな手直し無くすぐに住めそうな感じがし、「ここに住みたい!」という気持ちがすごく湧いてきました。
 
また、東側に建っている作業小屋もしっかりしたもので、ダンナの仕事場には十分なスペースで最適な感じ。「ここなら色んな作業が出来そうだよね」と、隣でダンナが想像を膨らませておりました。
 
敷地は500坪弱あってかなり広いのですが、裏山も含まれているので平らな土地だけだと管理に困るほどの広さではなさそうな気がしました。むしろ西側の空きスペースに畑を作ったり、作業小屋の後ろに憩いの場を作ったりも出来るかな、なんて色々想像したりもして。
 
裏山に案内されて登ると、そこからは視界がパァーっと開けて、北浦の景色がほんの少し見下ろせ、なんとも清々しい気持ちになりました。要らない木を少し切って、後々もう一つ小屋なりスタジオ(?)なりを建てるとか、何か出来そうな土地に二人とも夢を膨らませたりもしました。
 
それまでインターネットで探したり実際に見に行ったりした物件に少々引き気味だった私達でしたが、この物件を見て一気にテンションが上がり(特に私)、「ここなら住みたい!」と思える物件に出会ってしまった日となりました。
 
写真はつい先日、北浦の湖にて。「妙に人慣れした白鳥さん」(ダンナ曰く)。
 

2011年2月22日火曜日

物件探し その6

午前中に先の物件を内見後、知り合い夫婦らと共に近くのファミレスでランチをとりました。
そして、全員が、
 
「古民家は難しい。格安で購入し、全面リフォームで一から自分の気に入るように建て直すか、または既にリフォームしてある物件を選ぶか。
前者は一体いくらリフォーム代がかかるかわからないし、後者はこちらの予算枠内だと中途半端な『手直し』程度のリフォームしかしていない物件ばかりで、住みたいと思えるところが無い。」
 
という意見で一致しました。
 
それでもまだ古民家への夢を捨てきれない私達は、午後からは知り合い夫婦と別れて、千葉ではなく茨城にある物件を見に行くことにしました。
 
それは、インターネットで物件探しをしていた時に、千葉で私達が買えそう&見てみたい物件が段々と限られて来、もう他に見てみたい物件無いよね、と話していた時に見つけたものでした。
 
その物件は、築年数不明の古い民家をきれいにほぼ全面リフォームしているらしく、東京のオーナーさんが別荘として使っている、と書いてありました。
ネット上に出してある写真を見ても、内外共に木がふんだんに使われていており、贅沢で品のある感じがし、時々しか使われていないのであまり汚れていないように見えました。
 
ただ、千葉というとまだ東京に近い印象ですが、茨城となるとものすごく遠いイメージで、物件は良さそうだけれど場所が悪いんじゃない、と、最後までまだ都会に活動拠点の多いダンナともめていました。
しかも東関東道の終点の潮来インターから車で裕に30分は走らないといけないようなところにあり、電車の駅も近くにはなく、あっても本数は激少なな感じ。
 
しかし周辺の環境も、北浦という、白鳥が飛来する湖にほど近いとても静かで良い所のようで、価格は少々高かったのですが、「ここは見てみたい」と強く思ったので、「見るだけ見せてもらおうか」ということになり、行くことになりました。
 
そして千葉の八街市から茨城のその物件まで、軽く道に迷いながら2時間半ほどかけて車で移動していったのでした。

2011年2月19日土曜日

物件探し その5

翌日の早朝は、八街市にある、土地が裕に700坪を超える物件を見に行きました。
 
そこには建増し部分のある母屋、車が5台くらい入りそうな車庫?又は倉庫、そして大型犬が3頭位入りそうな動物小屋があるらしく、インターネットの写真で見る限りは母屋は大層立派で綺麗で部屋数も多く、まだ家があと2棟くらいは建てられそうな広い土地に期待を持って見に行きました。
 
物件は、駅からもそう遠くなく、駅から続くメインストリートにはファミレスやレストラン、スーパー、ドラッグストア等、生活するには不便のなさそうな立地でした。
 
一歩敷地内に足を踏み入れると、
「ひ、広い!」
600坪以上の土地の家なんて今までお目にかかったことなかったので、実際に目の当たりにするとその広さにまず圧倒されました。
なんでも先オーナーさんは馬を飼って庭で走らせていたとのこと。
 
そして肝心の母屋は、、、造りはしっかりしているようでしたが、正直なところ、とても残念なことに写真映りの方が数段良かったのです。
 
欄間の細工や梁の太さ、大黒柱の頑丈さや部屋数の多さなどは大変魅力でしたが、前々オーナーさんが母屋の北側に造った建増し部分の二部屋が、赤い絨毯が安っぽいカラオケボックスみたいな感じの暗さで、しかも冷え冷えとした感じの空気が漂っておりました。
キッチンも流し自体は新品に交換してありましたが、壁のリフォームが見るからに家の他の部分と違和感のある安い合板を使ってあったり、洗面所が無いためキッチンの一角に洗面台がむき出しのまま置いてあったり。
元は折角古くてしっかりした家だっただろうに、後から後から継ぎ足したところが母屋の荘厳な感じとは似ても似つかぬちぐはぐな感じで、何か全てを台無しにしている印象でした。
加えてトイレが離れたところにあって風呂場はキッチンの側だし、水回りも非常に使いにくそうな配置にありました。
 
そして冷静に考えて
「この広さの土地を一体私達は必要とするのか?」
ということでした。
内見時、雑草もかなり伸びていたし、おそらく手入れなども楽ではないでしょう。
 
建物は建増し部分が残念でしたが造りの頑丈さと土地の広さでしょうか、内見予約をした中では一番価格の高い物件でしたが、
「この値段で買っても一から自分たちの気に入るように手を入れたら相当な金額になる」
ということで、この物件も候補からはずれたのでした。

2011年2月16日水曜日

物件探し その4

一件目の古民家物件にちょっと引いてしまった私達でしたが、その日の午後は別の不動産屋に旭市内の別の物件の内見予約をしておりました。
 
次の物件はさっきの物件よりかなり高くなりますが、写真を見る限りでは綺麗で立派な純和風建築で、リフォームはそう要らなさそうな感じ。気を取り直して少し期待をして現地に向かうところでした。
しかしその矢先、先方から携帯に電話が。
 
「あの〜ぅ、内見予約されていた物件なんですが、、、実はあの辺は結構家畜の糞の臭いがするところなんですが、それは気になさらないですか?」
なんでも、物件自体は何組も紹介したらしいのですが、やはり糞の臭いが気になると言って断る人が多いのだとか。なのでそれをちゃんと知らせた上で見ていただきたい、ということらしい。
 
ダンナとその場で相談した結果、「ウ〜ン、糞の臭いが日常的に漂っているのはちょっとキツいかもよね」という話になり、折角予約していたのですが残念ながらキャンセルさせてもらいました。
へなちょこ都会人が簡単に思い描く田舎暮らしには家畜の糞の臭いなどは入っていなかったので、
「そうか、田舎ってそういうこととも隣り合わせであるんだよな。。」
と、その時初めて現実を知りました。
しかし、わざわざ横浜から時間とお金をかけて来ているのだから、そういうことは予約を入れる前にちゃんと教えて欲しい。まったく。
 
結局その日は目に見えないおばあちゃんがまだ住んでいた古民家を内見しただけで終わりましたが、折角横浜から東京を経由して千葉房総半島まで3時間もかけて来たので、銚子で美味しいお魚と温泉を堪能して帰り、次の日に備えることにしました。

2011年2月8日火曜日

物件探し その3

まず最初に見たのは、成田から少し南に下った、250坪ほどの敷地に母屋、倉庫、離れが付いた築年数不明の古い民家。
写真でみる限りでは結構趣のある、なかなか良い感じの母屋で、価格も500万円代だったので内見してみることにしました。
  
実際行ってみると、その物件は、夏の強い日差しに緑が眩しいだだっ広〜い田んぼの風景の中にある、静かで小さな農村の集落の中にありました。
一歩足を踏み入れた感想は、「荒れているなぁ」でした。敷地内には雑草が伸び、離れと倉庫はボロボロで、「こりゃぁ解体した方がいいな」という感じ。
母屋に入ると、なんだかやたらと空気が重い。家具や仏壇などもそのままにしてあり、まだ人が住んでいるよう。そして天井近くの壁の上には亡くなった方々の写真が多数。。。聞けばそこにはおばあさんが一人で暮らしていてつい最近亡くなったとのこと。ご家族は遠方のため、維持していけず売りに出されたのだとか。
 
しかし、縁側の奥に簡易ベッドがカバーのついたまま置いてあったりで、「きっとここで寝ていたんだろうな」と想像すると、あまり気色の良いものではありません。
不動産屋の方曰く、「古いけどこの建物はしっかりしてるので、リフォームしたら見違えるように綺麗になりますよ!」と。
しかし、いくら綺麗になっても、「ここに仏壇があったな」とか、「ここにあのベッドが置いてあったよな」とか、思い出してしまいそうで、しかも、目には見えないけど絶対まだおばあさんが住んでるようなあの感じ!ちょっと正直その場で引いてしまいました。
 
これだとリフォーム代もいくらかかるかわからないし、田舎暮らし古民家物件初の内見は、少々勢いを削がれた感じで幕を閉じました。

2011年2月6日日曜日

物件探し その2

東京の真隣りで、都内へのアクセスもすごく良いのに、千葉県内には意外に広くて安い物件がたくさんあるのにはびっくりしました。
 
もともとは賃貸で探していたのですが、ダンナが作業の出来そうな車庫・倉庫付き一軒家だと分譲物件の方が良さげなところが多数ありそうでした。もちろん、東京に限りなく近い場所や都内へダイレクトに早く行ける電車の沿線上などは高いですが、田園地帯の中古の分譲なら数百万円で売り出しているところもあって、「これなら私達にも買えるんじゃない?」という話になってきました。
加えて、そろそろローンを組めるギリギリの年齢になって来たかな、という焦りもちょっとあって、「家を買うなら今しかないかも」と、思い切って分譲路線に絞って探し始めました。
 
比較的築浅で小綺麗な今風の住宅でも1000万円以下の物件などありましたが、そういう建売りっぽい物件には二人とも何となくあまり興味がわかなくて、もっと趣のある古い建物の方が好みでした。
特に、私が以前から佐渡島が大好きで、佐渡の田舎にあるような昔の風情のある和風住宅に住みたいという憧れがあったこともあって、インターネットの検索も段々と古民家中心になってきました。
千葉県の田舎には、敷地内に離れや倉庫の付いたいわゆる農家住宅がたくさんあり、私の理想とする古い民家物件もそれ専門にページが割いてあったりしていて、結構な数があったのです。
 
しかし古民家物件を探されたことのある方はご存知だと思いますが、一概に古民家といってもピンからキリまであります。下は荒れ果ててお化けの出そうな300万円代のものから、上はどこかのお金持ちがどこからか移築して綺麗に建て直したような、裕に一億を越すものまで。
私達も家を買うなんてもちろん初めてだし、ましてや古民家なんてのも初めて。インターネットで写真を見たり直接不動産屋に問い合わせて詳しい資料を送ってもらったりしましたが、「取りあえずちょっと見に行ってみようか」ということになり、内見の申し込みを絞り込むことにしました。
 
「うわ〜、ここ素敵」と思う物件もありましたが、なにせ予算が限られているので価格の上限を決めそれ以外は見ないことにし、取りあえず数件内見の申し込みを入れました。
 
ダンナの知り合いの夫婦でやはり田舎暮らしに興味がある人たちがいて、私達が千葉に物件を見に行くと言ったら、「将来のために見学したい」と、一緒に付いてくることとなり、あれは2009年の7月、梅雨明けして本格的な夏が始まったばかりの頃に、日帰り小旅行的な感じで、夫婦2組で朝早くから東京を経由して横浜から千葉房総半島へと車で出発したのでした。

2011年1月28日金曜日

物件探し その1

田舎暮らしの前に、引っ越す前の横浜での生活環境を少し説明しておきます。
  
賃貸住宅に2人で住んでいましたが、それ以外にダンナの仕事場としてもう一軒アパートを借りていました。普通に考えて、二軒の住居を借りるということは大変不経済です。しかも、もう一軒の仕事場ですが、作業環境が結構厳しくて、夏には40度を超え冬場は0度近い寒さ。こんな中での作業は、さすがに歳とともにキツくなって来たと話しているのを聞き、
「作業部屋が付いた住居」
を探してみようかと話し始めました。
 
まずはその時住んでいた駅の近辺からインターネットで賃貸物件を探してみました。
 
ダンナの仕事は結構うるさい音が出るため、「ピアノ可」のような物件を探したのですがそのようなところはほとんどありませんでした。
 
都内の大変立地が良いところにも一軒良さげな物件はあったのですが、なにしろ狭くて隣との隙間が殆ど無いようなところで、他にも駐車場を借りることを考えたら軽く予算をオーバーしてしまうため断念。
 
ようやく見つけた都内郊外の物件は、内見予約したにも関わらず存在しない物件で、別に見せてもらったところは不動産屋が賃料を間違って約10万円も低く掲載する始末で、都内での住宅探しは急に意欲を削がれた感じでした。

予算もあるので、もうすこし郊外の物件を探してみよう、ということになり、もっと広い範囲を探してみました。
東京は郊外に行けば行くほど広くて安く、音が出せそうな物件はあることはあるのですが、立地条件が良くなかったり、物騒な感じだったりで、いまいち気に入るものはありませんでした。
 
そこでダンナが一言、「千葉とかどう?」と。
「。。。え〜〜〜!ちば〜〜?!」と私。千葉県の方々には申し訳ないのですが、あまりぱっとしない印象を持っていた私は最初は軽く反対でした。
が、実際にインターネットで物件を探して行くうちに、意外と安くて広くて、しかも私の職場にも実は近い、という物件が多数あることがわかりました。
 
ここから、田舎暮らし物件検索への道が始まるのでした。


2011年1月27日木曜日

いなかっぺ一年生

 何のご縁か、横浜から茨城のど田舎へ引っ越して早一年。
 
 振り返ると、今までの人生の中で一番激動の一年でした。ここへ来てやっと日々の田舎生活を綴る余裕も少し出て来たかなぁ、という感じです。
物件選びから契約、引っ越し、不慣れな土地での不慣れな田舎生活を振り返りつつ、その日その日の出来事を少しずつこのブログに綴って行きたいと思います。
 
 第一回目の投稿は、こんな感じでスタートです。