契約、物件代金の支払い、そしてカギの引き渡し、と、全ての手続きを終えて、晴れて私達のものとなったこの家に、自分たちでカギを開け、中に入り、カーテンと窓を開けて少し空気の入れ替えをし、荷物の一部を運び入れてホッと一息していると、玄関の引き戸がガラッと開いた音がし、そこにお隣のおばちゃんが立っていました。
このおばちゃんは、この日の午前中にみんなで物件の敷地内に集まった際、その場に居合わせていて、売り主の奥様が、「お隣のおばちゃん。とってもお世話になったんですよ。とても面倒見の良い方だから、色々教えてくれると思います。」と、ちらっと紹介して下さっておりました。
そして、玄関での開口一番、「あそこに置いてある木、早くどこさかへ持ってってもらわねぇと虫がわいてくっから困んだよ。」と、バリバリの地元訛と真顔で、ポカントしている私達に話しかけて来ました。
その唐突さ、遠慮のない態度、地元の強い訛の混じった有無を言わさない口調、そしてにこりともせず怒ったような真顔。午前中に紹介されていたとはいえ、都会では初対面の人に向かってはありえないあまりに衝撃的な最初の接触にどう応えて良いのやらわからない私達は、「は、はぁ。。。」というのが精一杯でした。
おばちゃんの言うその「木」が、一体何のことらやわからなかった私達は、一瞬の間を置いてはっと我に返り、「その『木』って、何の木ですか?」と聞き返す事が出来ました。
おばちゃん曰く、つい最近の台風で敷地内の大きな木が一本倒れて電線に引っかかったのを、前の売り主さんが切ってそのまま敷地内の、おばちゃんの家に近い方に放置したままなので、そのままにしているとシロアリの巣になって自分の家にも被害が広がっちゃうから、ということでした。
なるほど、それでは早速、仲介に入った地元不動産会社の社長にその件は頼みましょう、という話をし、それから、この強烈なお隣さんと庭で暫く立ち話をすることになるのでした。
実はこれよりずいぶん前に、「ご近所さんはどういう方がお住まいですか」と不動産会社に尋ねたところ、「右隣はおばあさんが一人で住んでるらしいですよ」と聞いていたので、腰が曲がって足も不自由で家から殆ど出歩かないようなおばあさんの姿を勝手に想像していたのですが、いえいえこの方、お顔はまあそれなりに年輪を重ねた感じではあるけれど、身体の芯が若い、というか、足腰丈夫、声も張りがあってデカイ、とても私達が想像していたような弱々しい一人暮らしのよぼよぼしたお年寄りとはかけ離れておりました。
話しているうちに、このおばちゃん、元々潮来の出身で、結婚してここへ越して来て50年以上この土地に住んでらっしゃるそうで、東京の売り主さんが越してくる以前の、そもそもの持ち主さんの事も良く知っていて、家の事、敷地の事、全て誰よりも詳しい人のようでした。
おばちゃんには息子さんが二人いるがそれぞれ独立して遠くに住んでおり、ご主人は数年前に突然亡くなられ、それ以降犬と猫と暮らしているそうで、一見とても気丈な方のようでしたが、やはり一人でいるのは何かと心細く寂しいとおっしゃってました。
で、「私達の」庭の敷地内にある「私達の」庭木の枝を勝手に手でボキッと折りながら、「この木なんてこんなとこに植えててもしょーもねぇんだよ」と吐き捨てるように言い、枝をポイッと捨てながら、「でも、おらぁ、あんたがたがここにずっと住むって聞いて、嬉しくてしょうがねぇんだよ」と、本当に嬉しそうに笑った姿を見た時は、この強烈な出会いに一瞬かなり引いた私達でしたが、「歓迎されてる」ということがわかり、取りあえずほっとしたのでした。
ともあれ、お隣のおばちゃんはかなり強烈な方のようだが、右も左もわからない田舎暮らし初心者の私達にとっては強い見方になってくれそうだね、ということで、その日は軽く、食料やら日用品やら必要なものを買い出しに出かけたのでした。
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